気になる 伊与原新が最新作、小説「オオルリ流星群」発表

科学者としてのキャリアを基盤に多彩な小説を発表してきた伊与原新が、最新作「オオルリ流星群」を発表した。秦野市を舞台に、人生に行き詰まりを感じ始めた40代半ばの大人たちが希望の光を見いだしていく物語だ。「読者が共感できる、等身大の悩みを持つ人間を書きたかった。中年が書いた、中年の人々の小説です」と笑う伊与原に、作品に込めた思いを聞いた。
物語に登場するのは「秦野西高校」を卒業した久志、千佳ら同級生仲間。久志は祖父の代から続く地元の薬局を継いだものの、大手チェーンのドラッグストアの攻勢に悩み、中学校教師の千佳は惰性で教壇に立ち続ける。心を病んで会社を退職、家に引きこもる仲間もおり、それぞれが人生の踊り場に立っていた。
そんな彼らのもとに彗子(けいこ)が28年ぶりに姿を現す。国立天文台の研究員として働いていたはずの彗子は「丹沢の山中に天文台を作りたい」と久志たちに相談。力を合わせて天文台作りに取り組む中で、19歳の夏に死んだ仲間・恵介の真実が明らかになっていく。
近作「月まで三キロ」(2018年)「八月の銀の雪」(20年)では、自然科学の話題を通して見知らぬ者同士が出会い、主人公の内面が変わっていく物語を紡いだ伊与原。今作では天文学を背景に、登場人物それぞれの人生を見つめ、心の奥に迫る濃密な人間ドラマを書き上げた。

天体観測は、以前から描きたかったモチーフだという。「天文学は、その発展にアマチュア天文家が大きく寄与してきた分野。19年、京都大の研究グループがアマチュア天文家向けの小型望遠鏡を用いてエッジワース・カイパーベルト(太陽系外縁部に無数に存在する小さい天体が集まる帯状の領域)に史上初めて天体を発見したことに触発され、ずっと書きたいと思っていました」と熱く語る。丹沢は関東近郊の星の名所であり、秦野の穏やかな雰囲気に好印象を持っていたことから舞台に設定。作中にはヤビツ峠や菜の花台展望台など県民におなじみのスポットも登場する。
10年にミステリー作家としてデビュー。「科学が題材だとなかなか本を手に取ってもらえない」と悩んでいたころ、「平たんでもいいから、地に足を着けた物語を」と編集者に言われて執筆したのが「月まで三キロ」だった。「八月の銀の雪」は直木賞と山本周五郎賞の候補にもなり、人間ドラマと科学を組み合わせた展開に手応えを感じたという。「例えば月は地球から年間約3・8センチずつ離れていっているのですが、それを知る前と後とでは月を見た時の感情が違うはず。そんな気付きを得てもらえたら」と穏やかに語る。
一方でミステリー作家としての意欲もにじませる。「もともとエンターテインメント要素のある小説が好き。今後は違う作風の小説にも挑戦したいですね」
いよはら・しん
1972年生まれ。地球惑星科学を研究し、富山大学助教も務めた。「科学的なモチーフを使う時は情報量を抑え、説明的にならないように気をつけています」(撮影・後藤利江)
2022年2月21日公開 | 2022年2月21日神奈川新聞掲載
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