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鹿島茂さんに聞く 開かれたコレクション パリの街並みを復元

自慢の古書コレクションから、19世紀フランスの挿絵本を毎回1冊ずつ取り上げた「稀書(きしょ)探訪」。航空会社の機内誌で2007年から19年まで続いた長寿連載に登場した、貴重な古書を紹介する展覧会が都内で開催中だ。往時のパリの街並みを示した地誌やファッションの挿絵などが並ぶ。
「自慢したいが、隠してもおきたいのが収集家の心理。収集にはいろいろなタイプがあるが、私の収集は、あるジャンルや作家の物を集めたら、全ての物を見せる『開かれたコレクション』だ」
古書収集のきっかけは、フランス文学の研究だった。当初は記号学や精神分析が専門だったが、「観念的で難しい。体質的にそんなことをやる人間じゃないので、楽しくなかった」と方向転換。

パリを切り口にすると、小説家バルザックの多様な作品群が、一つにまとまってくることに気が付いた。だが、パリは、皇帝ナポレオン3世の命を受け、オスマン男爵が推し進めた大改造によって、19世紀半ば以降、近代都市へとがらりと姿を変えてしまった。
「バルザックが描いたパリは、今はもう残っていない。だが、翻訳する際など、当時の通りの名前や位置を確認する必要があった。今のように便利なネットもなく、パリを復元するには、自分で直接、資料を集めるしかなかった」
子ども時代は、それほど本との関わりはなかった。実家は横浜市金沢区富岡の酒屋だった。曽祖父はしょうゆを醸造し、羽振りのよい時期があったらしい。
「曽祖父が道楽で集めた映写機や映画のフィルムがあって、そういうものを土蔵の中で見つけてはわくわくしていた。今から思えば、ハンターの原点はその頃にあったのかも」と笑う。
収集は偶然の出合いによるところが大きく「最もうれしいのは、入手した瞬間」だという。一方、「一つのコレクションがもうじき完成しそうだな、となると、がっくりしてしまう」とも。
今回の展覧会に並んではいるが、風刺画が入った19世紀の新聞・雑誌の収集は、まだ道半ば。「いつか、このジャンルの展覧会を開きたい。日本では風刺画の人気がないから、難しいかな」

かしま・しげる
フランス文学者。1949年横浜市金沢区生まれ。
県立湘南高校を経て、73年東京大学仏文科卒。78年同大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。元明治大学教授。「馬車が買いたい!」(91年)でサントリー学芸賞、「職業別パリ風俗」(99年)で読売文学賞評論・伝記賞など、著書、受賞歴多数。近著に「日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三」(中央公論新社)、「フランス史」(講談社)など。
※鹿島茂コレクション2「『稀書探訪』の旅」展は、千代田区立日比谷図書文化館(東京都)で開催中。7月17日まで。6月20日休館。一般300円ほか。
記者の一言
鹿島さんのコレクションには遠く及ばないが、記者もささやかな収集を行っている。20世紀初めの英国の挿絵本で、絵本を中心に何冊かを大事にしている。コレクターが何に注目しているのかは、本人以外には分からないことが多いが、いいコレクションには「筋目が見える」と鹿島さん。筋目どころか、ちょっとよさそうなものが現れると「これも欲しい」と迷走しがちなわがコレクション。しかも、先立つ物が必要なので、そうそう増えはしない。鹿島さんは「もう1人の自分が本を書いて資金を集めている」と話していたが、初版本と博物学の図版は「ここに踏み込んだらだめだ」と手を出さないようセーブしているとのこと。「もし大金持ちになったら、フランスのアカデミズム絵画を集めたい」そうだ。
2022年5月23日公開 | 2022年5月22日神奈川新聞掲載
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