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宇佐見りんが新作「くるまの娘」 家族の姿、緻密に描く

宇佐見りんの新作「くるまの娘」(河出書房新社、1650円=写真)が刊行された。これまでの作品でも親子関係を描いてきた著者が「以前からずっと書きたかったテーマ」と語る力作。芥川賞受賞後第1作となる今作を仕上げた宇佐見は「今後の人生の指標になるような作品になりました」と手応えを語った。
主人公は17歳の高校生・かんこ。ある日、父方の祖母が危篤だと連絡を受けた彼女は家族とともに車に乗り込み、車中泊をしながら祖母の家に向かう。精神的に不安定な一面を持つ父母と車内で過ごす道中、かんこの脳裏には家族の思い出が痛みを伴いつつよみがえる。「依存関係」という言葉だけでは表現できない、複雑な心情描写は息苦しいまでの緻密さだ。
車中の濃密な空気感が印象的な今作。執筆初期に書いた「母がハンドルを握り、車が動いていることに気付いたかんこが目覚める場面」を出発点に物語がふくらんでいったという。

デビュー作の「かか」、2作目の「推し、燃ゆ」は一人称だったが、今作では「家族の歴史をきちんと書くために」三人称を用いた。「これまで一人称で書いてきたので、主人公と語り手との距離を調整することには苦心しました」と明かすが、かんこの、家族に対する感情には読者も絡め取られてしまいそうな臨場感がある。
両親や兄弟それぞれのキャラクターが多面性を持って明確に立ち上がっているのも印象的だ。特に父親は物語の展開において大きな軸の一つとなっている。「今回は父親の人物像も書き込むことを意識しました。特に最後の父のシーンは小さくまとまらないよう、大事に書くことができたように思います」
車中泊の旅を終えたかんこはひとつの選択をする。違和感がある展開かもしれないが「人生において、結果的に“奇妙な着地の仕方”になることは往々にして起きる。自然と、この流れがしっくりきたんです」。
これまでも描いてきた「家族」というモチーフについて「外からは実態が見えず、その人たちだけにしか通じない言葉や倫理観、文化があるというのが大きな特徴。それが面白さでもあり、苦しみの元でもある」と分析する。「父、母、娘、という名称は同じでも、家族によってそのあり方が違う。だからこそきめ細かく書いていくことが大事なのではないかと思っています」
3作目を書き終えた今は母と娘、家族関係という「今まで縛られていたテーマ」から自由になったと明かす。「次は全く違う作品にしたい。長編小説や、多様な登場人物が登場する物語を書いてみたいという気持ちでいます」と声をはずませた。
2022年5月24日 | 2022年5月23日神奈川新聞掲載
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