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ドキュメンタリー映画
ポーランドへ行った子どもたち | 朝鮮戦争の戦災孤児たちの真実

1950年代に朝鮮戦争の戦災孤児ら約1500人が、朝鮮半島から東欧へと極秘裏に送られた史実を追ったドキュメンタリー映画「ポーランドへ行った子どもたち」。俳優として活躍するチュ・サンミが監督を務め、「戦争で最も被害を受けるのは子どもたち。だが、その記録はほとんど残されていない」と語る。
北朝鮮政府は、同じ共産主義国のポーランドに、孤児たちを軍人の教師らと共に送り、金日成が目指す思想教育を徹底して行った。子どもたちを健康に育て、労働者として本国に戻す狙いもあった。受け入れたポーランドの養育院では、現地の教師らが愛情深く接し、全員に帰国命令が出た際は泣いて別れたという。
チュは、知り合いの出版社を訪ねた際に見つけた資料で、こうした孤児の存在を知った。さらに、2006年にポーランドで製作されたドキュメンタリーや、孤児の一人で現地で亡くなった少女の生涯を描いた小説を通して、劇映画化を計画。脱北し、韓国で暮らす若者たちの出演を前提にオーディションを行った。
「ポーランドへ─」は、16年にポーランドを訪れた際の映像や、オーディションを受けた若者たちへのインタビュー、当時の孤児の様子を捉えた映像で構成されている。
ポーランドでは、孤児らの世話をした教師たちにも話を聞いた。「先生たちの哀れみの深さが、どういうところから来ているのか、それを追求する作品にもしたかった」とチュ。第2次世界大戦で教師たちも、孤児と同じような経験をしたことに着目した。
「先生たち自身も戦争孤児だったり、家族を失っていたり。同じ傷を持っていることは、子どもと先生をつなげる重要なテーマになると思った。子どもと接することが、先生にとっても癒やしの時間になっていたのだと思う」
ポーランドには、オーディションに合格した21歳のイ・ソンを同行した。15歳で母を亡くし、5歳の弟を育てていたが、中国経由で韓国へ逃れた脱北者だ。弟とは離れ離れのままで、中国での経験を決して話そうとしない。
「脱北者の子どもたちはほとんどが親と別れてきており、分断孤児といえる」。1990年代に北朝鮮で多数の餓死者が出た「苦難の行軍」期に、「韓国からの食糧支援ができなかったが、分断国家でなければ助けられた。分断孤児と朝鮮戦争による戦災孤児とは同じ流れにあり、重ねて考えられる」として、脱北者にも“傷による連帯”を見ている。
ポーランドへ送られた孤児の存在は、韓国でもほとんど知られていなかったが、同作が2018年の釜山国際映画祭で上映されると注目を集めた。「70年近く続く南北分断に関心がなく、統一に反対する若い人もいる。そんな中、『脱北者について無関心だったことが恥ずかしい』との反応もあり、ありがたかった」
「韓国で脱北者を温かく迎え入れた大人たちも、分断の傷を負っている。傷による連帯は、これからの南北統一への可能性としても考えられるのではないか」と期待している。
18日からポレポレ東中野、7月9日からあつぎのえいがかんkiki、23日から横浜シネマリンで上映。
2022年6月17日公開 | 2022年6月17日神奈川新聞掲載
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