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横浜美術館 アート彩時記(11)
画家の仕事のまぶしさ デビッド・ホックニー「フレンチ・スタイルの逆光」
展示するたびに、光あふれるものを前にしたように思わず目を細めてしまう──私にとって、「フレンチ・スタイルの逆光」はそんな絵です。
絵と書いたけれども、細かく言えばこれは銅版画(ブダペストのルートビヒ美術館に同じ構図の同題の油彩画があります)。複数の版を重ねた多色刷りですが、使われているのは10色程度で、線の粗密で明暗を表現しています。例えばグレーの部分に注目するなら、手前の壁の幅木は小さな交差線をたくさん重ねて暗く、窓へと続く側壁の幅木ではその目を粗く、そして光を背にする窓枠で再び密に、でも、ブラインドの反射光を受ける上方の枠はうっすらと……。1色で、こんなに多彩な光のニュアンスをつかまえているのです。床も茶色の線だけですが、日を照り返している部分、実にツヤツヤして見えませんか?
作者のデビッド・ホックニーは、1937年生まれのイギリスの画家。ある日パリのルーブル美術館でこの窓を目にし、「これぞ絵そのものじゃないか! しかもいかにもフランス的な主題だ!」と考えます。四角いフレームの内に、外の/別の世界をのぞかせる「絵画」を、「開いた窓」になぞらえるルネサンス以来の絵画論も、脳裏に浮かんでいたに違いありません。それがルーブル美術館の窓で、窓外に望むのは、幾何学的な造形を特徴とするフランス式庭園のチュイルリー公園とくれば、まさに「フランス風」の一言です。
そのうえホックニーは、作品にさらなる別の「フランス」を織り込みました。手前の壁に広がる緑色と黄土色の点々は、壁紙の模様ではなく、印象派の点描技法を引いたもの。彼らが外光の輝きを表現するために編み出した点描を、室内の、陰になった壁に用いるあたり、ホックニーのちょっと皮肉めかしたいたずら心が感じられますが、この絵が生まれた年は、パリで印象派の最初の展覧会が開催された1874年から100年目に当たっています。
先達の画家たちの事績を継承しつつ、そこから新しいものを創造する後代の責務と挑戦。静謐(せいひつ)な画面の奥から、画家のエスプリのきらめきさえにじみ出てくるようです。改修後の横浜美術館で展示の機会が巡ってきたら、私はやはり、そのまばゆさに目を細めてしまうでしょう。
(横浜美術館・坂本 恭子)
学芸員みちくさ話

「フレンチ・スタイルの逆光」と同じようなまぶしさを文学作品で探すなら? と考えて、イタロ・カルビーノの小説「魔法の庭」を思い出しました。少年と少女が知らない屋敷の庭に迷い込み、何か異様な世界をのぞき見たような体験をする、「魔法の庭・空を見上げる部族」(岩波文庫)=写真=収録の短編。
長々と日差しの描写があるわけではないのに、読後になぜかまばゆい光の印象がつきまとって離れない。日が降り注ぐ静寂の光景が、どこか人の心をざわつかせるところも、「フレンチ・スタイルの逆光」に通じるかもしれません。「光」の二面性みたいなことまで考えさせてくれる、訳者の和田忠彦氏の解説もすてきな1冊です。(坂本)
2022年10月31日公開 | 2022年10月30日神奈川新聞掲載
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