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トーク&コンサート
杉田劇場でトーク&コンサート「横浜そして美空ひばり」

横浜市磯子区に生まれ、「昭和の歌姫」として多くの人に愛された美空ひばりについて、歌手の加藤登紀子(78)と同市在住の作家・五木寛之(90)が語り合うトーク&コンサート「横浜そして美空ひばり」が、磯子区民文化センター杉田劇場で10月に行われた。約300人の来場者は大型スクリーンに映し出されるひばりの映像を見ながら、2人が披露する思い出話に聞き入った。
ひばりは1946年4月、「美空一枝」の芸名で、同劇場の近くにあった旧杉田劇場で、8歳にして初舞台を踏んだとされる。そのゆかりの地でのイベントは、第1部は演出家の宮下康仁を聞き手に五木と加藤の対談、第2部は加藤によるスペシャルコンサートで構成された。
幼少期を朝鮮半島で過ごし、戦後は壮絶な引き揚げを体験した五木。「初めて日本の歌を聴いたときは腹立たしかった。『リンゴの唄』なんて、食うや食わずで必死で引き揚げてきた人々には、空々しく聞こえたのではないか」
ひばりの歌を初めて聴いたのは中学3年生か高校1年生の時で、「『青い山脈』のような明るい歌がはやる中で、ひばりさんの歌はどの曲も、虐げられ、踏みつけられている人間を代弁してくれているような気がした」という。

月刊誌の企画で対談した際は、ひばりがカバーした「釜山港へ帰れ」の解釈を巡って意見を交わした。出稼ぎに行く人々を通して社会状況を反映していると捉え、恋人に向かって歌うのとは違うのではないか、という五木に対して「堂々と、十数分にわたって『私は歌には政治的なことを入れない。心に伏せて歌う』と話された。この人はこんな主張を持って歌っているのか、とがくぜんとした。かぶとを脱いだ」という。
「違う(ジャンルの)歌を歌いたいという気持ちが心の中にはあったのではないか。でも、自分は流行歌手だという覚悟を決めていたのだろう」と推察。「『昭和万葉集』を作るなら、ひばりさんの曲をいくつも入れなきゃいけない。眠れない夜はそんな空想をする」とほほ笑んだ。
ひばりの歌には、港町・横浜が登場する「港町十三番地」や「哀愁波止場」がある。代表曲「悲しい酒」も、横浜市在住だった作詞家・石本美由起が横浜のカフェで働く女性たちの話を聞いて書いたという。
「亡くなって33年だが、令和になってもひばりさんの歌声はあせない」と話す加藤は、ひばりの歌を自身のコンサートで歌い継いでいる。「ひばりさんが、私の『ひとり寝の子守唄』を、『悲しい酒』と一緒に歌ってくれたことがあり、聴いていて泣いてしまった」との逸話を披露した。
第2部では「悲しき口笛」や「愛燦燦(さんさん)」といった名曲をはじめ、自身のヒット曲「百万本のバラ」を歌い上げて、観客を魅了した。
2022年11月16日公開 | 2022年11月16日神奈川新聞掲載
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