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気になる 横浜美術館 アート彩時記(12)
巨匠の初期作品と横浜 片岡球子「緑蔭」

片岡球子「緑蔭」1939(昭和14)年、紙本着色・額、194×286センチ、横浜美術館蔵(作家寄贈)
片岡球子「緑蔭」1939(昭和14)年、紙本着色・額、194×286センチ、横浜美術館蔵(作家寄贈)

 大胆な構成と色使いが印象的な富士山の絵。片岡球子(かたおかたまこ)(1905~2008年)と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、おそらくこの画業中期以降のイメージでしょう。しかし、片岡は明治から平成まで、103年の生涯を全うした画家。富士山のイメージは、その一部に過ぎません。

 実は片岡は、横浜にゆかりの深い人物です。18歳で画家を志して北海道から上京した後、21歳から50歳までの約30年間、横浜に居住しながら、同市内の小学校の教員を務めていました。横浜美術館には、この頃に描かれた貴重な初期作品が収蔵されています。ここにご紹介する「緑蔭(りょくいん)」と「少女図(仮題)」です。

 「緑蔭」は、青葉の茂った木陰のこと。この絵では、緑のブドウ棚の下に4人の少女を配しています。細い輪郭線や、白い服の地模様まで丁寧に描き込んだ繊細な画面のつくり、原色の少ない色彩…。後年の富士山のイメージとは異なる、爽やかな作品ですが、しっかりとした人物の存在感は、その後の作風の展開を予感させます。少女たちが身に着けているのは、浴衣とチマ(スカート)チョゴリ(上着)。片岡の人物画では、衣服の色や模様が作品の重要な構成要素の一つになっていて、これは晩年まで引き継がれる特徴です。 


片岡球子「少女図(仮題)」1930年代(昭和5~10年頃)、紙本着色・二曲一隻、150×209.6センチ、横浜美術館蔵(寄贈)
片岡球子「少女図(仮題)」1930年代(昭和5~10年頃)、紙本着色・二曲一隻、150×209.6センチ、横浜美術館蔵(寄贈)

 もう1点は「少女図(仮題)」。教員として勤務して間もない頃の下宿先に贈った作品で、「緑蔭」に先行する作例と考えられます。やはり学校の子どもたちをモデルにしたのでしょう。よく見ると、子どもたちの座っている低い木製の椅子は、「緑蔭」の赤いチョゴリを着た少女の足元にものぞいています。みんなおしゃれな洋装に短髪ですが、個性豊かに描き分けられた一人一人は、この時から対象を観察する鋭い洞察力が、片岡に備わっていたことを物語っています。

 この二つの作品、実はまだ並んで展示されたことがありません。「少女図(仮題)」は近年、片岡が下宿していた先のご遺族から受贈したものですが、なるべく良好な状態でお披露目すべく、修復を行っていました。待ちきれず、先に紙面でのご紹介となりましたが、リニューアルした美術館の展示室に並ぶ日を、皆さまどうぞお楽しみに。(横浜美術館・日比野 民蓉)



学芸員みちくさ話

 横浜市営地下鉄ブルーライン弘明寺駅から徒歩約5分。商店街を通り、大岡川沿いに少し歩いた住宅街の中に、小学校があります。かつて片岡が勤めていた横浜市立大岡小学校です。

 校長室を訪ねると、片岡による「飼育」という絵が迎えてくれました。子どもたちがニワトリの世話をする、学校の日常風景を描いたものです。朱色やだいだい色が基調になり、中央の青いベストを引き立てて、ぱっと目がひきつけられます。色の配置で画面を構成することへの意識が強くなったころ、1954年の作品です。この翌年、片岡は学校を辞めて制作に専念する道を歩み出しました。

 今、子どもたちは、いつでも校長室でこの本物の作品に合うことができます。かつて片岡が児童に向けた温かなまなざしは、その後、子どもたちから作品へと返されて、大切に継承されているのです。(日比野)

2022年11月29日公開 | 2022年11月27日神奈川新聞掲載

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