推し
タブレット純のかながわ昭和歌謡波止場(25)
ザ・ゴールデン・カップス◆本牧ブルース

幸を呼ぶ磁力 渦巻く街
名乗るほどのもんじゃぁござんせん。時代劇の再放送なんかで耳にする台詞(せりふ)ですが、そのGS(グループサウンズ)版が、「本牧ブルース」(1969年・昭和44年)です。といきなり素頓狂(すっとんきょう)な書き出しですみません。
しかしこの曲、ご当地ソングでありながら、土地の名前が一切出てこないのです。書き忘れたわけではなく、あくまで心憎いばかりの素っ気なさで、さらりと街の風だけを吹かす、なかにし礼さんならではのダンディズム。その面目躍如である気がいたします。実際なかにしさんは、本牧に乗り込んで空気を吸い込んだ上で、この詞をひといきで書き上げました。
一刀両断、さばくザ・ゴールデン・カップスもまた、切れ味鋭い演奏で淡々と本牧を料理。さりげなく炎をあげながら、ガコンガコンとフライパンを巧みに操るコック集団のよう。堂に入ってるのは、当然彼らにどっぷりとハマの裏表が染み入ってるからでしょう。

5年前、彼らのルーツであるお店を聖地巡礼したことがあります。その名も「ゴールデンカップ」。当初、気の合った学生同士で「グループ・アンド・アイ」と名乗っていたものの、洋行帰りでどっぷり刺激をたずさえたリーダー・デイヴ平尾さんがメンバーを一新。時おりしもベトナム戦争真っただ中、殺伐とした空気感に身をうずめる米兵さえ、泣く子も黙る布陣がここにそろいました。
否、黙る子も踊るというべきか、「本牧にスゴいバンドがいる」とうわさがうわさを呼び夜な夜なの大盛況。「有名人もお忍びで来よった。勝新やら裕ちゃんまで来た」とは創業からの店長・上西四郎さんの証言。「ま、あの人たちは、バンド目的より、飲みに来てただけかもしれんが」
とはいえ、カップスの超絶な演奏のほとりで、銀幕のスタアたちが紫煙をくゆらせている絵はすごい。その後お2人はそれぞれに「シーサイド横浜」(勝新太郎)「サヨナラ横浜」(石原裕次郎)とハマに霧笛をたむけています。
本牧にカップスあり。やがてロックの始祖に。そこには、人知れぬ努力もありました。「でも、音楽には心底本気で取り組んでたな、カップスの連中は。教則本も譜面もないそんな頃に、ジュークボックスの音に合わせて演奏してた。それに店で知り合ったアメリカ人に頼んでLPレコードを手に入れたり、自分で行って買ってきたりもしてた」
そんなカップス目当てだった1人の女子も、同じ東芝レコードにスカウトされ、「渡辺順子」から「黛ジュン」に生まれ変わりました。戦争が地球の磁場を狂わす裏側で、小さな島国には幸を呼ぶ磁力がここ本牧に渦巻いていたのです。

しかしカップスといえば、やはり一般的には「長い髪の少女」でしょう。このモデルもまた、本牧にいた「得体(えたい)の知れない少女」。作詞をした橋本淳さんは、こう証言します。「本牧のバーとかあやしげなクラブになぜ若い女性が存在するのかすごく不思議だったんですよ。なんでこんな場所に女の子がいるんだろう…(笑)そんな気持ちがベースにありました」
書生あがりで、女性との接点がまるでない世界から、作曲家・すぎやまこういちさんの付き人になったことで「いきなり大人の世界に入った」青年が見た本牧。プレーボーイと言われたなかにしさんがすぐに吸収した、フリーでドライな若者たちとは対照的な、幻想的でパセティックな地下空間がそこにあります。光の当て具合によって、さまざまな陰影がからくり細工のように見え隠れする横浜の街。この2曲を併聴するだけで、「今度の休みには一日ハマを冒険してみよう」、そんな地図が心に広がるのではないでしょうか。
2022年12月12日公開 | 2022年12月11日神奈川新聞掲載
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