気になる
心揺さぶるサスペンス
舞台は鎌倉、新聞記事から着想 作家・雫井脩介が新作「クロコダイル・ティアーズ」

「検察側の罪人」や「望み」などミステリー小説を多く手がける雫井脩介が新作「クロコダイル・ティアーズ」を発表した。鎌倉を舞台に、家庭内で生まれた疑惑が不協和音を広げていくサスペンス。これまでも家族をモチーフにした作品を執筆してきたが「血縁という切り離せない関係の中で心情のゆき違いがあると、そこにドラマが立ち上がるんです」と物語が生まれる背景を語る。
鎌倉で老舗の陶磁器店を営む久野貞彦と暁美夫婦の息子・康平がある日、何者かに殺される。犯人は康平の妻・想代子(そよこ)の元交際相手。法廷の場で男は「夫に暴力をふるわれていた想代子に『夫殺し』を依頼された」と主張。真面目に店を手伝う想代子を信じようとする貞彦に対し、以前から彼女とそりが合わなかった暁美は疑いを深めていく。
物語は、10年ほど前に読んだ新聞記事から着想した。ある男性が殺され、裁判で同様の発言があったことが報道されたという。「被害者男性の両親が犯人の告発をどう受け止めたのか。家族内での疑心暗鬼はサスペンスとして面白いのではないかと思いました」
物語は貞彦や暁美の視点から語られ、想代子の本当の姿は見えてこない。「想代子が温度感を持って受け止めてもらえるように描くのは難しかった」と明かすが、ミステリアスな想代子に老夫婦が困惑を深めていく様子はリアルで、読者の心も大きく揺さぶられる。やがて、店舗がある地域の再開発計画をめぐって不穏な出来事が起こり、物語は衝撃の展開を迎える。

鎌倉という舞台も効果的だ。「鎌倉には長く営業している個人店が多く、伝統的なものを扱う家業を営んでいるという設定がなじむ。妻が夫の実家に同居することも自然に受け止めてもらえると思いました」。神奈川県警の捜査を描く人気シリーズ「犯人に告ぐ3」も鎌倉が舞台だ。「何度も通って町を歩きましたが、自然や文化も含めて人を集める魅力がある。街としてのキャラクターが立っていると感じます」
緻密な心理描写で描ききった緊張感のある人間ドラマは高く評価され、今作は第168回直木賞候補作となった。初めてのエントリーで「自分には縁のないものと思おうとしていましたが、これまで積み重ねてきた仕事も含めて評価されたのかもしれないですね」と充実した表情を見せる。
ミステリー作品のイメージが強いが、「つばさものがたり」や「クローズド・ノート」など、温かい心の交流を描く作品も多く発表している。さまざまなジャンルに挑戦することで人間の描き方も変化してきたという。「人間を一つの切り口だけで見ることはできない。いろいろな方向から見てみるとみんな違う顔を持っていて、そこから小説のアイデアが生まれてくるんです」
2023年1月30日公開 | 2023年1月30日神奈川新聞掲載
オススメ記事⇩
この記事に関連するタグ
シェア、または新聞を購入する
- LINE
- URLコピー
- 掲載日付の
新聞を買う
推しまとめ
かながわの地域ニュースなら
「カナロコ」

「神奈川」の事件・事故、話題、高校野球をはじめとするスポーツなど幅広いローカルニュースを読むなら、地元新聞が運営するニュースサイト「カナロコ」がおすすめ。電子新聞が読めたり、便利なメルマガが届く有料会員もあります!