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タブレット純のかながわ昭和歌謡波止場(27)
山本コウタローとウィークエンド◆岬めぐり

三浦の人々に愛された曲
フリー作家制度以降の、歌謡ポップスの代表的な作詞家といえば、阿久悠さんとなかにし礼さんの二大巨頭ばかりが取り沙汰されますが、同時代に負けず劣らず大ヒット曲を持つ山上路夫さんにいまひとつ焦点が当たらないのは、そのご本人の寡黙性ゆえなのかもしれません。先のお2人に比べ、己の人生や作品に対して後年に至るまで注釈を与えていないように見え、ぼくのような研究気質の人間にはやや寂しくもあるのですが、しかしそれは同時に聴き手のイメージを自由に膨らますことになるのかと。
名曲「岬めぐり」(1974年・昭和49年)のモデルとなった舞台にしても、「三浦の人たちに愛されて、この歌は幸せですね」とはっきりとは肯定せず、どこか婉曲(えんきょく)を吹かせています。そう、この曲が当“かながわ昭和歌謡波止場”に流れ着く証明は見つけられなかったのですが、京急久里浜線三崎口駅の発車メロディーとして長年親しまれたことこそが、山上さんの考える「大衆歌の在り方」、その答えのような気がします。一つの歌に対して、人々がそれぞれ心の故郷に重ね合わせるならば、現実の場所などは探るべきではないのかもしれません。

片や、作曲を手がけた山本コウタローさんも、三浦が舞台とは認めながら、その由縁を深くは言及しなかったようです。ただ伝わっているのは、詞を受けとるやたったの20分でこの歌が完成したというエピソード。かねてコウタローさんの心に宿っていたメロディーが、サビの言の葉たちにぴたっとはまったという奇跡。三浦海岸から岬を越えるバスの、車窓に見える風力発電の風車さながら、風が大きな力を産んだ。ヒット曲にあるのは「理由」でなく、自然が育んだ「摂理」というべきものなのかもしれません。
当初フォークデュオのBUZZ(バズ)に渡された詞ながら、曲がうまく乗らなかったということでストックされていた、いわば“余りもの”のB面候補。作品も岬を巡って、コウタローさんの生涯の代表曲となりました。生前「走れコウタローと岬めぐりだけで50年」と笑わせていたというコウタローさん。いやぁ、2曲も大ヒットがあるなんて立派です! 歌手だけにあらず、タレント、役者、政治活動。走って、巡って、永遠の青春を駆け抜けたように見えるコウタローさん。一度お話してみたかった。

山上さんは、72(同47)年に大ヒットし、やはり岬が出てくる小柳ルミ子さんの「瀬戸の花嫁」に対しても、瀬戸内海ではありながら、その島に特定の舞台はない、と語っています。船から大海を望む岬と、追想をにじませたバスの車窓の岬。哀歓のトーンは対称的でも、山上さんの心のキャンバスに描かれた美の色彩に境界線はありません。岬に込めた傷心は失恋か死別か、“かなわない”“愛したかった”などの言の葉が切実に刺さりますが、そのドラマとて、それぞれ聴き手の人生に溶け込むのが歌謡曲なのでしょう。
確たる由来を語らないのもまた歌の魅力。「タブレット純」の名前の由来は? とよく聞かれるのですが…この不可解な存在の、行間を読んでご想像いただくのが一番よいのかもしれません。タブレットなのにガラケーで原稿打ってるし…。
2023年2月21日公開 | 2023年2月19日神奈川新聞掲載
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