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養老孟司さんに聞く 現代人の生きづらさ、「知の巨人」が説く原因

解剖学者としての知見をベースに、医学・生物学などの知識を交えつつ、社会のあらゆる事象を読み解く著作を発表している「知の巨人」。昨年からは、インターネット上の仮想空間「メタバース」のルールづくりを進める「メタバース推進協議会」の代表理事に就任するなど、世界への好奇心は絶えることがない。「自分の人生は『何かを分かりたい』というテーマに貫かれている。何も知らずに生まれてきて、少しずつ何かを理解していく、ということをただ続けているんです」と楽しそうに語る。
新著「ものがわかるということ」は、「ものがわかるとはどういうことか」という編集者の質問を発端に書かれた一冊だ。高度な情報化と都市化が進んだことで「秩序ある世界では、物事はわかって当たり前」と思い込んでいる現代人の前提を疑い、社会のゆがみや生きづらさの原因を解き明かしていく。
「人生の問題なんて、答えのないものばかりでしょう。今の社会には『やってみないと分からないんだからやってみればいい』という余裕がなくなってしまった」。何事も想定通りにはならないことを踏まえて生きることの大切さを強調する。

長く鎌倉市の保育園理事長を務めるなど、子どもたちを見つめてきた経験に基づく指摘にもはっとさせられる。「『どうなるか分からない存在』を忌避する意識は、子どもたちを『不完全な大人』であり『予測ができないノイズ』と見なしてしまう。その感覚が少子化につながっているのではないでしょうか」
効率の良さが重視され、武道などのように反復練習で「身につける」ことが軽視されることにも疑問を呈する。「情報を入手して『分かった』気になるのではなく、自分の体で実感し、頭を使って考え、腹落ちすることが大切です」。
身体性を失ってしまった現代人に向けては、自然の中に身を置き、体の感覚を研ぎ澄ませていくことを提言する。「東日本大震災の時、飼いネコの『まる』が足元に寄り添ってきたのですが、その瞬間、通じ合った感覚があった。本当に理解する、とは意識や理性を超えたところにある『共鳴』なんだと思います」
他者と共鳴する、柔軟な感覚を保つには「人生を楽しむこと」が大切だという。「『私はこんな人間』と決めつけないで、どんな事も素直に受け止めてみたらいい。年齢に関係なく、人間は自分をより良く変えていくことができるんです」

ようろう・たけし
医学博士、解剖学者。東京大学名誉教授。1937年鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年に東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。450万部を超えるベストセラーとなった「バカの壁」など著書多数。鎌倉の自宅と箱根の別荘「養老昆虫館」を行き来する生活を送っている。
記者の一言
標本にした昆虫を供養するため、鎌倉に「虫塚」を作った養老さんに聞きたかったことの一つが「宗教的なものとの距離感」。「日本人は宗教アレルギーが強いけれど、虫塚に文句を言う人は少ないし、パワースポットには人が集まる。『宗教性』は必要だと思います」という言葉になんだか納得した。「西行は伊勢神宮で『なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる』と詠んだ。何だかわからないけどありがたいと感じる、それが日本人の宗教心なのではないでしょうか」
2023年2月27日公開 | 2023年2月26日神奈川新聞掲載
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