推し 平塚市美術館特別館長、草薙奈津子さん退任へ 忘れがたい「速水御舟」と「横山大観」

2004年に県内初の女性館長として平塚市美術館(同市西八幡)の館長に就いた草薙奈津子・現特別館長が、31日付で退任する。民間美術館から転身し、特別館長時代を含め19年にわたり役職を務めた。「美術館を地域の憩いの場に」とさまざまな取り組みを進め、低迷した観覧者数を「V字回復」させるなど手腕を発揮してきた草薙。同館への思いや印象に残る出来事を聞いた。
■活気が人を呼ぶ
「あっという間の19年。横浜で生まれ育った私にとって、湘南平塚は憧れの地。(就任の)要請を受けた時は本当にうれしかった」と草薙。美術館の運営立て直しを任されたが、大変だと思ったことは一度もなかった。「美術の世界で働く人間として、当たり前のことをしてきただけ」
「すてきな美術館なのに、第一印象は人が少なく寂しい感じだった」と当時を振り返る。まず手がけたのは、来館者に親しみやすい雰囲気づくりだ。彫刻が置かれた前庭にベンチやテーブルを設置し、自由にくつろげるようにした。ロビーや図書コーナーなどは無料で利用できることも広く知らせ、美術館に立ち寄ってもらうことから始めた。「人が集えば自然と活気が生まれる。活気が生まれれば、次は魅力的な展覧会を企画して開催するだけ。何も難しくなかった」と誠実に取り組んだ。
■個性的な展覧会
最も印象に残る展覧会は、2008年の「近代日本画の巨匠 速水御舟─新たなる魅力─」だ。日本画専門で、御舟の一大コレクションを持つ山種美術館(東京)で学芸員を務めた経験と人脈を生かし、国立美術館でもできなかった作品の展示を実現させた。「コレクターから代表作をすべて借りることができた」とほほ笑む。この展覧会を機に美術関係者らの信頼も得られ、「いい作品が借りられるようになった」という。
もう一つ忘れがたいのが14年の「横山大観の富士展」。就任当初、JR平塚駅構内から見える富士山の大きさに驚いたことから企画した。「富士山がとてもきれいに見える土地だから、気恥ずかしさもなくできた」と話す。
誰もが知る著名な作家を取り上げるだけでなく、実力のある中堅作家や、日産自動車、不二家など地元の名だたる企業とコラボレーションするなど「平塚らしい」個性的な展覧会を次々に企画。加えて、館内に2カ所ある700平方メートルの展示室を生かし、二つの展覧会を併催するスタイルを確立させた。その結果、就任時に3万人程度だった年間観覧者数は、近年は10万人前後まで伸びた。

■道を切り開く
後進の学芸員も数多く育てた。「小さな美術館でも優秀な学芸員がいれば、質の高い展示ができる」と力を込める。「コレクターは美術館ではなく、人(学芸員)に貸す。そういう気持ちなんです」
数少ない女性館長として注目されることも多かった。美術界に足を踏み入れたのは54年前。「周囲は男性ばかり。同じ仕事をしても評価されず何度も悔しい思いをした。だから男性の4倍働いた」。専門分野の勉強、作品所蔵者との人間関係の構築など、全てに手を抜かず真剣に向き合うことで、女性学芸員の活躍の道を切り開いてきた。「人とタイミングに恵まれた」と感謝する。
4月からは第一線を退き、「昼寝を楽しみに暮らす」と宣言。「安心して平塚を去ることができるのは学芸員が育った証し」とにこやかだ。「美術界に限らず、後進を育て、道を譲り、もり立てていくことも必要です」。優しいまなざしで訴えた。
くさなぎ・なつこ
横浜市生まれ。慶応大卒。専門は近代・現代日本画史。1969~98年まで山種美術館学芸部に勤務し、企画・普及課長などを務める。全国美術館会議理事、神奈川芸術文化財団理事などを多数歴任。2004年4月に平塚市美術館館長に就任、20年から特別館長。
2023年3月30日公開 | 2023年3月27日神奈川新聞掲載
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