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「不思議に興奮」が出発点
作家・甘糟幸子の痛快エッセー「料理発見」、37年ぶり復刊

野草や食をテーマにした著作を発表してきた作家・甘糟幸子のエッセー「料理発見」が37年ぶりに復刊された。当時まだ珍しかったタピオカや小籠包(しょうろんぽう)、タコスを試行錯誤しながら自宅で再現し、犬の餌として扱われていた牛すじ肉の可能性を追求するなど、強い好奇心に突き動かされてさまざまな料理にチャレンジしていく姿が痛快な一冊だ。
早稲田大学在学中から雑誌に寄稿していた幸子は、1960年に向田邦子らと女性3人のフリーライター事務所を設立。結婚後はしばらく横浜市に住み、68年に鎌倉市に転居した。88歳の今は、娘で作家の甘糟りり子と暮らしている。「横浜中華街のそばで暮らしていた時は、日常的にイタリアンやフランス料理の店で外食を楽しんだ。妊娠中はなぜかホテルニューグランドのシャトーブリアンのステーキが食べたくなって、お昼は毎日のように通っていましたね」といたずらっぽく笑う。
そんなある日、自宅で初めてとんかつを作ったことが料理に熱中するきっかけとなった。同書に活写されているのは「作ってみれば、おいしい料理が出来上がるのが不思議で、不思議なことに興奮し、不思議なものを確かめたく」、あらゆる食材を味わい尽くす過程。精肉店の店主やプロの料理人から聞き出した情報をヒントに調理し、大勢で食事を楽しむ様子には人生の豊かさが詰まっている。

食事の風景からは、家族との幸福な記憶もかいま見える。一家のお気に入りだったという鎌倉のレストラン「丸山亭」では、あばら骨をつけたままのヒツジの塊肉の蒸し焼き「キャレダニオン」と出合い、子ヒツジ料理にのめり込んだという。初めて子ヒツジを食べた時には「お父さんの臭いがするから食べたくない」と言った娘のりり子は、「母の好奇心のおかげでいろいろなものを味わう体験をさせてもらい、今では何でもおいしく食べられる。子鹿が1頭届いた時は驚きましたが、シカの肉は今も大好きです」と楽しそうに振り返る。
現在は毎日の食事作りをりり子が担当する。「買ってきたお総菜などが続くと、母の食欲が落ちてくる。旬の食材を使った、丁寧な食事は生きることと密接につながっているんだと実感しています」
家庭料理の世界でも効率が重視され、「時短料理」がトレンドになっているが「炊飯器に食材を入れるだけで完成する料理もいいけれど、そればかりでもつまらないですよね」とりり子。「料理をしていると、外食した時にもどんな食材やスパイスを使っているのか想像する楽しみが生まれるんです」と話す。
「興味を出発点に料理をはじめたことが自分の幸せだった」と語る幸子も声を合わせる。「料理は作るのも食べるのも創造的なこと。事務的な作業としてこなすのはもったいないのではないでしょうか」
2023年4月4日公開 | 2023年4月3日神奈川新聞掲載
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