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垣根涼介さんに聞く 直木賞受賞作家が描きたい人間とは


 生き馬の目を抜くような戦乱の世において、向上心も野望もなく、周囲に流されるままの人間が天下を取ってしまった─。不思議な武将・足利尊氏を新たに読み解いた「極楽征夷大将軍」で第169回直木賞を受賞した。「明確な指針がなく、勇ましくもない。これまで描いてきた中でも特異な人物だし、一緒に仕事をしたくないタイプ」と分析するが「僕も気分を優先するところがあるので、尊氏に似ていると言われます」と笑う。

 物語の冒頭は鎌倉・由比ケ浜。幼いころの尊氏とその弟・直義が沖に木片を投げてどう流れるか予想する場面から始まる。結果を当てるのは得意だが、その理由を突き詰めようとしない言動から「深く考えず、気楽に生きていきたい」という尊氏の性格が象徴的に描かれる。

 周囲に説得されてしぶしぶ家督を継ぎ、鎌倉幕府から後醍醐天皇の反乱を鎮圧する軍を率いるように言われても駄々をこね、重い腰を上げない。尊氏を支えていた直義や重臣の高師直の視点から尊氏の人物像があぶり出されるが「この2人も本当は嫌気がさしていたのではないか。そんな視点で物語を書くことで、同じ時代を書いた作品とは違うものになるのではないかと思いました」


「極楽征夷大将軍」(文芸春秋、2200円)
「極楽征夷大将軍」(文芸春秋、2200円)

 優れた武将とはいえない尊氏が室町幕府初代将軍になれたのはなぜか。「個人的に能力が高くても、変化が激しい時代の中ではどうにもならない事はある。現代も、一つの立場や考え方に固執する、我の強い人間ほどつらい状況に追い込まれるのではないかと思うんです」

 デビュー以来、ハードボイルドやミステリーなど現代を舞台にした作品を手がけてきたが、2013年発表の「光秀の定理」以降は「もともと書きたかった」という歴史小説に注力。「室町無頼」「信長の原理」で直木賞候補に選ばれた。“三度目の正直”となった受賞作発表の記者会見では「こうして壇上にいることができてほっとしている」と会心の笑みを見せた。

 内面の葛藤を抱える人間を描きたい、と語る。「体制側に立って自分のあり方を疑わない人間より、自身を疑い思い悩む人物にひかれる。『時代』ではなく『人間』を書き続けていきたいですね」



かきね・りょうすけ
 作家。1966年長崎県生まれ、横浜市在住。2000年「午前三時のルースター」で第17回サントリーミステリー大賞と読者賞を受賞。04年「ワイルド・ソウル」で第6回大藪春彦賞、第25回吉川英治文学新人賞、第57回日本推理作家協会賞を受賞。05年「君たちに明日はない」で第18回山本周五郎賞を受賞。16年「室町無頼」で第6回本屋が選ぶ時代小説大賞受賞。その他「ヒート アイランド」 「サウダージ」「涅槃」「南米取材放浪記 ラティーノ・ラティーノ!」など著書多数。

記者の一言
 作品にはクールな印象が漂うが「禁煙したら食事がおいしくて、太ってしまったんです」と照れ笑いする表情がチャーミングだった。ドライブが好きで「湘南の海でカップルがデートしている様子を見て、ふわふわしたオーラを浴びるのが好き」という意外すぎる趣味も明かしてくれた。横浜・みなとみらい21地区のマンションが仕事場。太陽光が海とパシフィコ横浜の屋根に反射して部屋に差し込む午前5時ごろ仕事を始めるという。「執筆する部屋は景色のいい所にこだわっている。ベイブリッジや街の様子を眺めて気分転換しています」。羽田や新横浜にアクセスが良いところも気に入っているというが「のんびりした雰囲気の三崎港にも憧れます」という言葉に神奈川への愛着を感じた。県内が舞台の小説、今後も期待しています。

2023年7月31日公開 | 2023年7月30日神奈川新聞掲載

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