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横浜美術館 アート彩時記(3)
牛田雞村「海苔干し」 磯の香りと春の予感
今ではほとんど見られなくなった海苔(のり)の天日干し。昭和中期までは、東京や横浜の海岸でもおなじみの風景でした。磯の香りと共に春の訪れを予感させる、冬の風物詩でもありました。
この絵を描いたのは、横浜で生涯を過ごした画家・牛田雞村(けいそん)(1890~1976年)です。実業家で美術コレクター、三渓園を設立した原三渓が支援した画家の一人です。

雞村は、三渓の長男と小学校(現在の横浜市立本町小学校)からの幼なじみでした。後に三渓が画家になった 村の絵を見て、親子ぐるみの交流が始まりました。雞村は家が近かったこともあり、足しげく三渓園に通ったといいます。若い芸術家のサポートも惜しまなかった三渓は雞村の絵を評価し、数多く買い上げました。
さて、この絵は画中の「仰俯子(ぎょうふし)」という署名( 村が一時期使った雅号)や絵の筆遣いから、大正時代初めの作と考えられます。
しかし、どこの海辺に取材したかは分かっていません。ただ雞村にとって、この光景は当時三渓園の高台からもよく見えたであろう、なじみ深いものだったはずです。

江戸時代に東京の沿岸部で本格的に始まった海苔の養殖が、この頃横浜に南下。遠浅の豊かな漁場だった根岸湾で、屏風浦(びょうぶがうら)を中心に盛んになったためです。
漁師は冬の寒気のなか、海中で海苔を付着させる「海苔そだ」の間を船で移動しながら、海苔をザルに摘みます。それを細かく刻み、四角く整えて日の出とともに干し始めます。
その日のうちに仕上げてこそ良い海苔になるため、天候との勝負。伝統的な方法で手早く進む作業は、画家の絵心を誘ったことでしょう。
雞村はこの絵で、漁具の形の面白さを際立たせています。矩形(くけい)が整然と並ぶように海苔干し場を描き、それを前後に挟んで、束ねた海苔そだのこんもりした形を繰り返しています。
その後ろでは、櫂(かい)を使って広げた袋網がさおに高々と干され、折り重なったりたわんだりしています。画面をはみ出すような伸びやかな構図が、春待ちの気分と相まって、見る人をおおらかな気持ちにしてくれます。(横浜美術館・内山 淳子)

学芸員みちくさ話
横浜の磯子区生まれの筆者は、祖父母や父から埋め立て前の根岸の思い出話を聞いていました。漁師が魚や貝の入ったかごを背負って家の前まで売りに来ていたこと。学校の水泳の授業では教室から浜に駆け出し、延々と続く遠浅の海での遠泳に閉口したこと─。子供の頃は、そんな話に目を丸くするばかりでした。
2月の半ば、往時の根岸湾の海苔干しの様子を想像してみようと、三渓園の一番高い場所にある松風閣展望台に上がってみました。目の前の高速道路や石油タンクからは、かつての光景はなかなかイメージできませんが、からりとした寒空に、磯子や新杉田方面がよく見渡せました。三渓や雞村はこの高台から湾を見下ろして「今日は寒いが海苔干し日和だね」などと語らっただろうかと、想像をたくましくしました。(内山)
2022年3月22日公開 | 2022年3月20日神奈川新聞掲載
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