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数式と人生の気づきを行き来 JAXA研究員・久保勇貴がエッセー「ワンルームから宇宙をのぞく」

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究員、久保勇貴がエッセー「ワンルームから宇宙をのぞく」を発表した。2020年2月から22年末までオンライン上で連載した文章をまとめた一冊。新型コロナウイルス禍で研究室に通うこともままならない中、自宅で研究に向き合った日々をつづった。
幼い頃の祖父母との会話、恋人や友達とのすれ違い…。心にひっかかりを残す記憶に、天体や自然の法則を重ねた文章に不思議と引きつけられる。書き始めたきっかけは、大学4年生の時に始めたブログ。「考えていることを整理するため」に書き続けた文章は、宇宙工学の基盤となる数式と人生の気づきを行き来する読み物に結実した。
夜空の星は一つ一つが太陽のように燃える恒星であるように、私たち一人一人も太陽なのだと語る「父ちゃんとじいちゃんとコロナと太陽」は、高齢者や子ども、外国人に向けて憎悪をぶつける言葉が行き交ったコロナ禍で考えたことを書いた。「みんなかけがえのない人生を生きている。安易な攻撃は踏みとどまらなければ、と自分に言い聞かせました」。
「ノンホロノミック、空を飛ぶ夢」は、一時的にあえて遠回りに動くことで結果的に目的の形に到達できる「ノンホロノミック運動」が題材。宇宙飛行士が体の向きを変える時や縦列駐車の手順が代表的な動きだ。それに理想の状態にすぐたどりつけない人生を重ねた。

執筆中は、宇宙のロマンチックなイメージに頼らないように気を配ったという。「科学的記述は正確さにこだわり、全体の文章をドラマチックに展開させ過ぎないようにしました」。科学の研究成果が為政者に悪用され、軍事目的に使われてきた歴史もある。「糸川英夫と、とある冬の日」では、相模原の空を飛ぶ軍用機を眺めながら、科学者としてのあり方を自問した記憶を書き留めた。
JAXAでは、宇宙探査機や人工衛星の動きをコントロールする「宇宙機制御工学」を専門に、宇宙機を宇宙空間で変形させる「トランスフォーマープロジェクト」などに携わる。「個人的には、大好きなガンダムを宇宙で動かすということが研究のモチベーションの一つ。山下埠頭のガンダムを見に行った時にはとても感動しました」と目を輝かせる。
大学院時代は川口淳一郎教授の指導を受けた。「失敗と思える実験からも有用なデータを読み取って次に生かす、素晴らしい先生」と尊敬の念を込めて語る。2010年、川口教授がプロジェクトリーダーを務めた「はやぶさ」の偉業には心が震えたという。「その頃は高校で演劇やバンド活動に打ち込んでいたのですが、研究の背景にあるストーリーが人の心を動かした事が印象的でした」
研究と併せて、文章や音楽などの表現活動を続けていきたいと語る。「宇宙のことを考えるほど、私たちの命のはかなさと尊さが浮き彫りになる。表現することで、生きている瞬間を刻みつけたいですね」
2023年5月24日公開 | 2023年5月22日神奈川新聞掲載
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