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戯曲
大恐慌背景に米国崩壊描いた群像劇 KAATで戯曲「アメリカの時計」15日から
- KAAT神奈川芸術劇場(横浜市中区)

米国の劇作家アーサー・ミラーの戯曲「アメリカの時計」が15日から、KAAT神奈川芸術劇場(横浜市中区)で上演される。1929年の大恐慌を背景に、富の頂点にあった米国がもろくも崩れ去るさまを描いた群像劇。演出を務める長塚圭史さんと、主人公一家の息子を演じる矢崎広さんは「未来にも起こり得る話」として、現代につながる普遍性を見いだす。
好景気に沸いていた20年代の米国。誰もがこの繁栄が続くと信じていたが、株価の大暴落によって経済が崩壊した。同作は家族の物語を軸に、恐慌の波に翻弄(ほんろう)された人々の姿を描く。
15年に米ニューヨークで生まれたミラーは大恐慌の当時14歳だった。「彼の中にこの体験が強烈に残っていた」と推察する長塚さん。「彼はこの時代を冷静に批評する必要に駆られたのではないか。当時の家族のありようや人の愚かさに向き合いつつ、『全体』に対して『個』がどうあるべきか、ということをこの作品で問うたと思うんです」
それは個人が国家や時代の潮流といかに対峙(たいじ)し、強烈な存在となり得るのか、という現代にも通じる問いかけだという。争いが絶えない世界情勢、急速な物価高騰や不景気、東京電力福島第1原発の処理水海洋放出で改めて問われる原発のあり方、防衛費の増額…。「社会は暗い」と言い切る長塚は「今こそミラーのせりふが鋭く響く」と語る。
矢崎さんが演じるのは株価暴落で財産を失った一家の息子、リー。「権力もお金もなく、混乱を前に1人では何もできないという虚無感が漂う。それでも巧みに生きる姿がこの役の面白いところです」。当初は作品を難解に捉えていたが、劇中の人々が抱く明日への不安は、やはり今の社会状況と照らし合わせると身近なものに感じられたという。
経済の先行きを見通す企業幹部や資本家、暴動を起こす農民、あふれる失業者…。劇にはさまざまな立場の人物が登場する。資本主義の矛盾やマルクス主義の理念に触れるリーはあるとき、破産して空腹にあえぐ1人の農民と出会う。
「彼の存在を通して、リーは不平等な世の中への疑問を深めたと思う。重要な場面の一つです」と矢崎さん。「様変わりする世界にショックを受けていくリーの心情の揺れや、彼が今この瞬間にどんな思想を内に秘めているのか、明確にしながら演じるのが目標です」
史実を基にした戯曲ながら、「きっとSF作品にも見える」と長塚さんは言う。「自分の未来にも起こり得る話として映るかもしれない。『人ごとではない』と感じたり、生きる意味を考えたりする機会になれば」
矢崎さんも長塚さんの言葉にうなずき、こう呼びかけた。「絶望しかないような時代を生きた人にしか生み出せない活力が、戯曲にあふれています。それをぜひ劇場から持ち帰ってほしい」
2023年9月4日公開 | 2023年9月3日神奈川新聞掲載
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